にっぽんのお産
皇室の出産

「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎。人呼んでフーテンの寅と発します」
――― 山田洋次、映画『男はつらいよ』


「私は人間の可能事の涯への旅を体験と呼んでいる。人間は誰しもこの旅をしなくてもすむことはすむ。だがひとたびこの旅を行うとなれば、可能事を限っている既存の権威や価値の否定が当然のこととして前提されるだろう。他のもろもろの価値の、各種の権威の否定であるゆえに、内的体験は積極的実存性を持ち、それ自身積極的に価値となり、権威ともなる」(バタイユ:1943、p29)
――― ジョルジュ・バタイユ


まえがき

 2006年9月6日。ひとりの赤ちゃんが誕生し、号外が街を飛び交った。その日の朝、東京都港区の民間病院の前には報道陣が押し寄せ、その瞬間を伝えるために待ち構えていた。8時27分、その赤ちゃんは手術室において帝王切開で生まれた。体重2558グラム。男子であった。親王誕生である。
この誕生は「男子である」ことが集中的に報道された。英国のメディアは「It’s a boy」と伝えた。

1.ロイヤル・ベビー誕生
 誕生の直前まで、NHKのニュース番組では、民間病院の見取り図が指し示され、手術室と産婦の夫が待機する部屋について解説がなされていた。手術の執刀医が病院長であること、手術の時間が何分くらいかかるかの予想時間と、夫が病院に到着する模様が伝えられた。夫は7時過ぎに車に乗って自宅を出、病院には7時10分に到着した。後から、手術は8時過ぎにはじまり、同27分に帝王切開で赤ちゃんが誕生したことが伝えられる。母子はすこぶる元気であり、母親は医師に「気分は良好です」と伝えた。手術室から出て夫に面会した妻は、「帰ってまいりました」と話したと伝えられた。
 その日の各新聞の1面の見出しに並んだ言葉は、「紀子さま男子(児)ご出産」「皇位継承第3位」「2558グラム」は5紙(朝日新聞・中日新聞・毎日新聞・日本経済新聞・中京スポーツ 共に9月6日夕刊1面) 中全紙、「41年ぶり」4紙、「母子ともに健康」「帝王切開」3紙、「秋篠宮家第3子」2紙、「元気な産声」1紙となっている。5紙すべてが伝えた見出しは、「紀子さまが皇位継承第3位である男子を出産、2558グラム」である。出生体重は、生まれた赤ちゃんが元気であることを示す数値である。現代の産科学、新生児学では、2500グラム以上を新生児の適正体重としている。2500グラム未満であると「低体重児」とみなされ、必要によっては保育器に入り管理される。「母子ともに健康」という言葉に加え、出生体重が2500グラム以上であれば、母子の健康については心配ないことが保証されたことになる。
これまで41年間に皇室では9人の女子が誕生しているが、「41年ぶり」の言葉からは、待ち焦がれたというニュアンスが読みとれる。「男子誕生」は家父長制社会の中では重要な役割を担ってきたが、少子化社会の中では一般には男子より女子の誕生を願う人の率のほうが高いとする調査もある。しかし、今回の皇室における男子誕生とその報道においては、「男子であること」が最大の重要事項であり、関心事となっている。こうした報道や社会の反応が男子ではない女性や、男子を産まなかった人々、子どもを産まない人々、および社会全体にどのような影響を及ぼすのかという議論はほとんど聞かれない。しかし本論は、「出産」という限定された事象に焦点を当てることが目的であり、跡継ぎ問題、家父長制の中における「出産」、および結婚した女性に期待される母というジェンダー役割などに関してはほかの研究を待つことにする。


2.皇室にみる誕生の場の意味
 このたびの平成の親王誕生では、「出産」においてこれまでとは異なった現象が見られた。ひとつは出産場所であり、ふたつ目は出産方法である。
出産する場、赤ちゃんが生まれる場は、歴史的に大きく変遷してきており、歴史家たちが好んで取り上げるテーマである。またこれは社会階級によっても大きく格差が見られる事象でもある。出産場所については第2章で詳しく検証するが、天皇家や皇族の出産に関しては、古く平安時代の様子が文献に残されている。皇族の出産は平安時代から屋内で行われ、当時の座敷で布団を敷いて行われた。医学的<まなざし>が登場する前の出産は自然分娩のみであり危険も多く、赤ちゃんやときには産婦自身が命を落とすこともあった。それを回避するのは宗教的な祈りや呪いであり、公家の出産には多くの僧侶や修験者、陰陽師が動員されたという記録が残っている(紫:1964,p12)(國本:1996,p127)。
現在の天皇陛下が誕生したのは昭和8年、皇居内の「産殿」と呼ばれた部屋であった(中野文庫ホームページ 2006.12.25)。戦前までは都市部においても山間部においてもほとんどの人々が自宅で生まれるのが通例であった。
 その子である皇太子と秋篠宮、紀宮妃は、皇居内の宮内庁病院で生まれている。皇后は初の民間出身の妃であり、それまでの皇室の慣例を改め自身の手で子育てをしたとされている。現天皇とは時代が変わり、皇太子が生まれた昭和35年はおりしも、全国の出産の半分が自宅から施設に移行し、出産の第二次近代化がはじまりだした時代である。時代はさらに下り、秋篠宮妃が長女、次女を出産したのも宮内庁病院である。皇太子妃もまた、長女を宮内庁病院で出産している。
 そしてこのたび、天皇直系の親族としてははじめて民間病院での出産となった。その理由を宮内庁は、秋篠宮妃が「前置胎盤」という病的な状況にあり、出血などの危険性を考慮しての措置と発表しているが、どのような理由であっても出産・誕生の場が変化したのは事実である。この変化が今後の皇室の慣例を変えていく可能性を示している。(三笠宮、高松宮家の5人の親王妃の誕生は、宮内庁病院ではなく民間病院で行われている。皇室の中でも時代の変化とともに、皇居内の宮内庁病院ではなく民間病院での出産がなされていた。)

 ここに、皇室内における「出産」の場の意味が変化したことを読みとることができるだろう。
一般において、出産の場が自宅から医療施設へと移行したことは、出産が医療の中で行われ、妊娠・出産身体が産科学の管理下に入ったことを示すものである。皇室においてその変化はまず「産殿」から宮内庁病院への移行であった。しかし、この時点ではまだ出産の場としての装置が変化しただけであり、エリアである皇居という土地からの移動はみられなかった。このたびの出産・誕生は皇居という土地を出て、民間の病院に移行したことに大きな特徴がある。その背景として、以下のことが考えられる。

1.前置胎盤という病的な状況にあり、出血などの危険性に備え、十分に管理できる設備として
民間病院が選ばれた
2.生まれてくる赤ちゃんに万一のことがないように、またどのような状況においても
  赤ちゃんを処置、対応できる設備(NICU)を備えた施設である
3.すでに三笠宮家、高松宮家の5人の親王妃が民間病院で生まれている
4.設備が整った民間病院での出産のほうが、より安全であると宮内庁および、
皇室内でコンセンサスが得られた
5.医師団のすすめによる

 これらは推測の域を出ないが、確かなのは、今回の出産・誕生が皇室エリアとしての皇居を出、民間の場所にある病院という装置へ移行したことである。これは親王の誕生という「場」として閉ざされた神聖な場である皇居が意味をもたなくなり、安全を確保できる民間病院という装置に意味が見出されたということになる。人間が誕生する「場」としての社会的文化的意味は、皇室においても産科学という科学的技術にその価値が置き換えれたと言える。


3.帝王切開の意味
 「皇室初の帝王切開」もマスコミで大きくとりあげられた。帝王切開は現在日本では、出産全体の12-15%と言われており、近年その数値は上がっているものの、世界の先進諸国と比べると低くとどまっている。しかし20年ほど前においても10%はあったことから、むしろ皇室で初の帝王切開という事実は、皇室がこれまでいかに健康な妊婦に恵まれてきたのかがわかる。別な見方をすればむしろ、自然分娩にこだわってきたのではないかと思えるほどである。
 このたびは「前置胎盤(胎盤が子宮口の全部または一部を覆う状態。低置胎盤、頸管胎盤は含まれない 日本産婦人科学会:1997,p117)」という診断により、自然分娩が不可能なことによる計画帝王切開であった。計画帝王切開とは、自然分娩が不可能と判断された場合に事前に手術日を決めて帝王切開手術をすることだが、皇室における「はじめての帝王切開」は、手術による出産という意味と、もうひとつ、誕生のその時を自然に任せるのではなくあらかじめ日が決められた計画的出産であるという意味をもつ。
 新聞記事は主治医である愛育病院院長によるコメントを載せ、前置胎盤が重篤であったことを出産後に発表している。秋篠宮妃が公務で負担がかからぬよう配慮し、前置胎盤であることを事前に公表するに至った経緯を述べている。
 「いい患者さんでした」と院長は感想を述べた。このコメントには患者を見守る温かいまなざしが表現されている一方で、質のいい患者モデルとしての評価がこめられている。ここで指摘したいのは、医師による診断や処置の結果ではまったくない。問題は医師による患者モデルへの<まなざし>および、こうしたコメントがマスコミを通じて報道されることによる一般への影響である。
 妊娠中の公務のあり方は「医師の判断」にゆだねられ、決定された。入院のタイミング、入院後の生活の仕方、その態度まで「医師にゆだねる」とする報道は、妊娠・出産身体がすべて医師の管理下にあり、その管理に従順であった人が「よき患者モデル」とされることを示している。こうした報道は、一般の妊婦やその家族に、医師および医療に従順であることの規範を示すことになり、これまでの言説をより強化することになる。
 このひとりの女性の出産とひとりの赤ちゃんの誕生は、現代の出産事情を象徴的に現している。







































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