生まれてくる人たち
匍匐前進

 動物の赤ちゃんは生まれると、目が見えないころから母親のおっぱいをまさぐって、乳首を吸う。ブタの赤ちゃんなどはいっぺんに何匹も生まれるのに、あたかも指定されてでもいたかのように、自分の乳首を探り当てる。この世に生まれてきたからと言って、親切に世話をしてくれるだれかがいない彼らにとっては、赤ん坊とはいえそうしなければサバイバルできないのだ。

 なんと、人間の赤ちゃんも生まれた直後に母親のおなかの上に乗せておくと、母親のおっぱいを探そうと動きだすと言われている。中にはずりずりと這い上がっていって、母親の乳首をくわえる(あるいはくわえようとする)赤ちゃんもいるという驚くべき話もある。
「そんなこと見たことも聞いたこともない」とだれもが思うこのお話。しかしこれもまた、まっこうから否定する根拠はどこにも見当たらない。実際、今どきの分娩室では、出産直後に赤ちゃんを母親の胸に抱かせる時間を用意している施設は少ないし、たとえ胸に抱かせたとしても、赤ちゃんが乳首を探り当てるまでじっくり待ってみましょうという時間の余裕をもてる人々はいないから、だれも見たことがなかったのだ。

 これを日本に紹介したのはスウェーデン人のリグハート小児科医。その話を聞いて神戸にある助産院が実験したという話を聞いた。残念ながら私は、その実際を見たことはないのだが、ほんとうに赤ちゃんは乳首に向かってイモムシのように移動するのだそうだ。とはいえ、歩くわけにもいかない、腕の力もさほどもちあわせていない赤ちゃんにとって、母親のおなかの上を匍匐前進するにはそうとうな体力と時間がかかる。それでも腕と膝をつかって、赤ちゃんはなんとかずりずりと前進し、中には2時間ほどかけて実際に乳首に吸いつく赤ちゃんもいるらしい。

 それにしても分娩台の上で二時間、匍匐前進する赤ちゃんをじっと辛抱強く待っているというのは、気の遠くなるような時間だ。陣痛のときの二時間とはわけが違う。たいていは、産んでしまったら分娩台から移動しなければならないし、医療者だって忙しい。第一それが今の社会に必要なことだとは到底思えない。だってわれわれは人間なのだ、動物じゃない。母親が赤ちゃんをすっと抱き上げて、乳首のところへもっていってあげることなど朝飯前。哺乳瓶でミルクをあげることだって簡単にできる。
 けれど、ヒトとして生まれ、数10万年たった今でも、人間の赤ちゃんにはこうした動物的本能が、からだのどこかに記憶としてまだ残されているということは、脳のすみのほうを十分暖かく刺激してくれる。


生まれてくる人たち
生まれたまんまは野生味たっぷり

 赤ちゃんたちの写真を見ていると、おもしろいことをたくさん発見する。
 生まれたばかりの赤ちゃんは猿の子どもみたいにシワシワで見分けがつかない、と一般的には思われているけれど、実際はとてもはっきりした個性をもっていることがわかる。からだの大きさや太り方はもちろん、頭の形や髪の毛の量やはえ方などはひとりひとり違う。出てくるのに時間が長くかかった場合などは後頭部が異様に伸びていることもある。ちっちゃいのにしっかり人と違う自分を見せているなんて、やはり人間というものは生まれたときから個性的な生き物であるということなんだろうか。

 顔の表情は、目が開いているかいないかでずいぶん違う。目が開いていると、表情を読みとりやすいのだけれど、残念ながら日本人の赤ちゃんは目の付近が埴輪のようにぼってりとしていることが多いから、西洋人の赤ちゃんより目は開きにくい。羊水の中に長くいすぎて顔がふやけているのではないかと思われるほど、どの子の顔もむくんでいる。なるほど、このまま子宮の中にいたんだと思わせる説得力がある。
 生まれた直後の赤ちゃんは仮面をつけたようで、顔に意思を読みとることは難しい。それが十分もたつと顔に人間らしさが浮かび上がってくるからおもしろい。赤ちゃんの表情はそれこそ分刻みで刻々と変化する。見る見るうちに赤ちゃんたちは人間の表情を身につけていくのだ。一晩たって次の朝に見ると、「わあ、おねえちゃん(おにいちゃん)になったわねえ」と思わず声をかけたくなるほど、見違えてしまうこともある。

 私はそんな生まれたばかりの赤ちゃんが大好きだ。はっきり言って誕生直後の赤ちゃんは、2〜3ケ月児のようにくふっくらしていてかわいらしいとは言いがたい。目の焦点が合っていないから、不気味な生き物のような感じさえある。でも、なんだか未到のジャングルから今出てきましたといわんばかりのおサルの子どものように野性味たっぷりで、「これだよなあ」と思ってしまうのだ。
 人間の中にある野性性は、すでに失われていってしまっているのではないかという声もあるけれど、私は今の社会の中でただ忘れられてしまっているだけなのだと思う。からだのどこかにその記憶は残っているはずだし、新生児はその記憶に一番近いところにいる。
 とはいえ、現代の日本人の顔が昔の日本人の顔とは異なってきているように、生まれたばかりの赤ちゃんたちの表情も時代とともに変化しているのかもしれない。その昔、赤ちゃんは手の指をぐっと握って生まれてくると言われていたけれど、最近はグーの握り拳で出てくる子ばかりではない。もみじのように指をいっぱいに広げて、「やあ」とばかりこの世に誕生してくるのだ。

生まれてくる人たち
赤ちゃんにも個性がある

 ある日、ちょっと風変わりなアメリカ人の助産婦がわが家にやって来て、私が撮影した写真を見ていた。
 すると「これは病院で、これは自宅で撮影したでしょう」なんて言うのだ。それは生まれたばかりの赤ちゃんたちのポートレイトで、分娩室などのバックはほとんど写っていないアップの写真ばかりだった。そこに見えていたのは赤ちゃんの顔と手、母親の手、シーツ、おくるみくらいなものだ。それでも彼女は、赤ちゃんの表情を見るだけでどんな生まれ方をしたのかがわかると言う。彼女が指した写真は、実際にどれもそのとおりだったので、またまたびっくりしてしまった。
 私もなんとなく、生まれたばかりの赤ちゃんにも表情の違いがあることを感じていた。撮っているときには夢中でわからないのだけれど、現像してコンタクトを見てみると、あらためて発見することがたくさんある。

 その表情の違いは、お産のとき赤ちゃんがリラックスした状態だったかどうか、産後すぐに赤ちゃんが望むような対応をしてもらったかどうかによって違ってくるのではないか、と私も感じるようになった。もしかしたら、赤ちゃんの疲れ度と満足度を、表情が物語っているのかもしれない。
 以前ある地方の病院で撮影をしたあと、現像した写真を見て驚いたことがある。そこには、生まれた直後に顔をゆがめて泣き叫ぶ赤ちゃんが写し出されていたのだ。あとでよくよく考えてみると、そのときのお産は医師と助産婦以外にも、何人もの看護婦や研修医たちが立ち会っていて、かなり長い時間いきんだあと医師が産婦のおなかの上にのってクリステレルをかけて押し出すというものだった。

 出産直後は、助産婦が母親に見せようと、赤ちゃんを大きな照明の下にかざすようにして高く持ち上げたので、赤ちゃんは手足をばたつかせてギャーギャーと泣いた。その顔が、写真の中でなんとも恐しい表情で映っていたのだ。その病院で生まれた赤ちゃんを何人か撮影したけれど、どれも同じような出産だったせいか、みんな同じような表情をしていた。
 こういうことを言うと、「そんなことはないでしょう」と言う医療者の声が聞こえそうだけれど、これまで出産の状況による赤ちゃんの表情や違いについて議論も研究もされてこなかったのだから、一概に「そんなことはない」とは言い切れない。

 誕生直後、顔をこわばらせてギャーギャーと泣いている赤ちゃんもいれば、驚くほど穏やかな表情をしている子もいる。そのあとすぐに母親の胸に抱かせると、赤ちゃんは手足をバタバタさせることもなく、全身で母親の皮膚を感じることができるからか、だいたい泣きやむことが多い。グズグズ鼻を鳴らしていることはあっても、泣き叫ぶようなことは少ないのだ。
 人間は痛かったり、苦しかったり、楽しかったりという感情を表情に表わす生き物だ。そう考えると赤ちゃんだって、程度の差こそあれ、生まれたときの状態で表情が変わっても不思議はないのではないかと思う。これはデータには表わせないとても主観的なことだ。でも、写真に写っている赤ちゃんたちを見ると、私にはどうしてもそう見えてしまう。
 フランスのフレデリック・ルボワイエという産婦人科医が七十年代に書いた『暴力なき出産』という本の中に、生まれる環境のことが書かれている。彼は、人間が生まれ出るときの環境として従来の分娩室のあり方は適切だろうかと疑問を投げかけて、出産直後の赤ちゃんの扱いは優しくあるべきだと主張した。

 その本には、両足をつかまれてまるでうさぎかなにかのように逆さにつるされた赤ちゃんの写真が載っている。これは、第一呼吸をうながすための方法として、長い間世界各地で行われてきた蘇生の技術のひとつなのだけれど、大人がこれをいきなりされたらどう感じるだろう。ルボワイエはその写真に「恐怖にうち震えて泣いている」というコメントを添えている。
 ほかにも彼は、分娩室の消毒薬の匂いや煌々と照らされる照明、スタッフの事務的な対応なども、赤ちゃんにとっては脅威に感じるものだと言っているのだけれど、結局こうしたことは、母親にとってもあまり気分のいいものじゃないから、赤ちゃんに優しい環境は、母親にも優しい環境ということになる。

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肉体関係

 長男を産んで、私は生まれて初めて入院生活を送ることになった。気持ちのいい晴れ渡った秋の空が、助産院の庭から見えた。ガラス越しに差し込んでくる日ざしの中で、私は夫と離れて何日も過ごすことの淋しさを感じていた。かたわらにおっぱいを飲んで気持ちよさそうに眠っている息子がいたけれど、私の心は秋の空のように透き通ってはいなかった。あるいは透き通り過ぎてしまっていたのかもしれない。

 なんだか悲しくなってわけもなく涙が出てきた。傍らにはほんの小さな生まれたばかりの人間がいて、「ほぎゃ〜ほぎゃ〜」とおなかが空いては泣くのだった。その声は私を現実に呼び戻してくれた。赤ん坊の泣き声は、私の意識とはまったく無関係に胸に響いた。思考する頭ではなくて、胸が反応したのだ。泣き出したとたんにおっぱいのつけねが、キリキリと響く。そうこうするうちに、おっぱいは硬くなってますます大きくなっていくような気さえした。
 からだとはなんという構造になっているんだろう。私が意識しようがしまいが、拒否しようが受け入れようが、からだは息子の泣き声に反応して、おっぱいを出そうとしていた。乳房には青筋がたち、自分のからだとは思えないほど膨張していった。そのおっぱいは、私がずっと自分の胸として認識してきたバストではなかった。私のためのバストでもなく、男にまさぐられるためのものでもなく、まるでおっぱいそのものが意思をもったみたいに反射的に自らの働きを開始したのだった。

 その中では実に生産的なことが起こっていた。母乳という赤ん坊のおなかを満たすための餌をつくり、さらに、早く飲ませなさいとキリキリした痛みを私に送ってくるのだ。

 信号を送られ、おっぱいは腫れ、私は自動的に赤ん坊を抱き上げ、その小さな口に乳首を入れる。幸い、うちの息子は大きくてがっついていたので、すぐに口を大きく開けて乳首にぱくっとくらいついた。その口は黒ずんだ乳りんをすべてほおばり、ごっくんごっくんと音をたてて、私のおっぱいの中から白い液体を吸い出す。ほんとうにごっくんごっくんという音がするのだ。おっぱいから液体が流れだして、私の乳は少し腫れが治まっていく。

 私のからだは餌を生産していた。
 フガフガと泣き、ひとりでは生きていけない人間を私のからだが育てている。妊娠中から、そして産後もそれは続いていた。
 なんていうことだろう。まったく動物だった。吸われることによって、私のからだはまたたくまに楽になっていくのだ。共存共栄のような感覚。頭ではなく、からだがそうしていることに純粋に驚きを感じる。むしろ何も考えなくていいことが、恐ろしくもあったのだけれど、それでも何も考えずからだが気持ちいいというのは、セックスに似ていた。 

 おっぱいを含ませながら、息子の顔を覗きこんで、自分の乳首に吸い付くその唇を見る。ときおりのぞく赤に近いピンク色の小さな舌。息子のからだ全体に染み着いた乳の香り。赤ん坊の匂い。
 私はぺったりと水分を含んだその肌に触れ、ぺたぺたと頬をつっ突く。胸と腕で丸ごと抱き締める。赤ん坊というのは、水っぽい存在だ。全身に水をたっぷり含んでいる。
 乳くりあい、なめあい、肌を寄せあい、おちんちんを愛で、抱きあう。
 これぞ肉体関係。私と息子は、生まれたあともからだでつながっていた。

生まれてくる人たち
ksows080707 引きつける力

 赤ん坊のそんな魔力を初めて感じたのは、息子が生まれたときだった。新生児室から私の手元に運ばれてきて、初めて抱いたときのこと。
 生まれたのが夜中ということもあって、赤ん坊はすぐに別の部屋へ連れていかれてしまった。だからじっくり子どもの顔を見る暇がなかったのだ。次の朝、運ばれてきたその子はぶちゃっとむくれた顔をしていて、とても自分の子だとは思えなかった。
「すみません、この子違うと思うんですけど」。私はそう言って、助産婦に子どもを返した。
『こまるなあ、まちがえるなんて』。これは重大な問題である。
『さて、次はツルンとしたかわいらしい赤ちゃんが来るだろう』などと思っていると、「やっぱりこの子おたくの子よ」と、さっきの赤ん坊が帰ってきた。産院には六人の赤ちゃんがいたけれど、ほかの子はすでに生まれてから二日以上たっていて、ちゃんと足の裏に印が書かれていたから、まちがうはずはないのだと。

『あらまあ、このぶちゃっとしたのがわが子なのか。しかし、いったいだれに似たのだろう』と、よくよく顔を覗きこんだ。
 そのときだ、私の脳の中が急激に変化した。なにやらへんな気分に襲われたのだ。まるで子どもが何かを発しているかのように、私はそれまでの私ではなくなっていくのを感じた。グ〜ッと彼に引き込まれそうな、ブラックホールに落ちていくような、もっていかれそうな感覚。
「いかん、いかん」と私は我に返った。こんな小さな人間ごときに私をもっていかれてたまるかと、自分の心にブレーキをかけた。
「私には私の人生がある。なにしろ夫もいるのだ」と、わけのわからない言い訳をだれにするというわけでもなく、自分にいい聞かせていた。私はそのとき本気で何かに襲われる恐さを感じた。ブレーキをいっぱいに踏み込んだので、私はからだごとがくっと大きく揺れたようになって、心は急激にピタッとその動きを止めた。

 今なら、その感覚を冷静にぞんぶんに味わうことができるだろうけれど、なにしろ当時の私は若過ぎた。おいしい果実の味わい方を知らなかったのだ。
 生まれたばかりの赤ちゃんには、人を引きつける強い力があると私は感じている。その後、たくさんの生まれたばかりの赤ちゃんや新生児室にいる赤ちゃんを見るうちに、その思いはますます強く私のからだを包むようになっている。

生まれてくる人たち
不思議な力

 生まれたばかりのヒトを見ていると、ふわっとした気持ちに包まれる。そのヒトはとても小さくて、親の胸に抱かれていたり、助産婦に抱かれていたり、新生児室のコットの中で、もぞもぞとほんのわずかな動きをしている。その動きはとてもゆっくりなのだけれど、ず〜っと休むことなく続いている。あくびをしたり、手を動かしたり、口びるをゆがめてみたり、伸びをしたり。そのほんのささいな動きは、私の目を釘付けにする。なんでなのだろうと、いつも思うのだけれど、新生児を見ていてあきるということはない。

 撮影のために、いくつもの病院や産院を訪れて、そんな赤ちゃんたちを見ていると、なんだか日頃の迷いや悩みまで溶けていくようにさえ感じる。
 生まれたばかりの人間は裸で、言語をもたず、文化にも染められていない。私にはそんな生まれたまんまの人間が、すでに完成された存在として感じられる。見る人をとりこにする不思議な力をもっているから。

今どきのお産事情
今どきのお産事情INDEX

今どきのお産事情
消費化社会の中で

 妊娠、出産、育児は女性にとってすでに趣味の領域に入ったと言われている。子どもを育てることによる社会的リスクを考えれば、そこに意義を見いだすとすれば、もはや趣味的な感覚でしかない。いかにその趣味的な部分をくすぐるかということを考えていかない限り、少子化に対する解答は得られなくなっていくだろう。

 自分のことを考えてみても、戦略的に子産みが利用されることを嫌ってきたし、それにはまった自分もいる。その中で、趣味としての部分を追求してきたのかもしれない。
 お産について語ることが、政治的なこととされるから、よけいに語ることをためらっている女性もいるのだろう。

 からだがバラバラになっている感覚が広がっていくと、妊娠したいときに妊娠できないという現象が起こるかもしれない。反対に、貸し腹に抵抗のない女性が増えるかもしれない。
 精子を買えるようになってもなお、女性のからだを通してしか妊娠、出産ができないという事実は、これまでそれを女性によっていたことを示している。社会はまだ、女が産むものと楽観視していた。

 人工子宮の開発を急ぎつつ、産むという行為が職業で請け負う作業になっていくかもしれない。産める人間が産む。それは男性が嫌うから、家族幻想を死守することが政治的な戦略として残っていくしかない。
 けれど、一方で人間の生まれ方という側面から考えると、これは議論されなければならない問題である。まだ、社会は女が産むと思っている。趣味的に産み、生まれてくる場合は別に、再生産を望む社会に必要な人間を産むみ出す場合の、そのヒトの生まれ方は、死に方と同じように、議論が必要だ。

 死の先に、この世での人生はないけれど、生まれ方のあとに人生ははじまるのだから、その影響について考える必要がある。
 そうしたことを将来的に含みながら、世界各地でお産について論議されている。出産、誕生の場だけではなく、産むを期待されている女たちが、このままいくと産まなくなるのではないかという危機感がある。

 今、たとえ結婚や子どもをもつということに夢を抱いてい電脳の海に漂よう少女たちがいたとしても、からだへの自己認識が欠如していることで、産むということに関してまったく楽観視はできない。とりあえず人工的であっても妊娠さえすれば、産むことはテクノロジーが可能にすることはできる。けれど、そこに彼女たちは悦びを見いだすだろうか。悦びのないものは続くとは思えない。 それがなんでなのかということを、もっと考えてみる必要がある。
管理された分娩室の中で何かが失われたと感じる女性たちがいるように、自分のからだを通してできるだけ自然に産みたい、生まれたいとする人たちのニーズは消えることはないのではないかと思う。ボディ感覚は、からだに刻まれた記憶として、そう簡単には消えないし、その出番を今か今かと狙っているかもしれない。
 地球は少々くたびれてきてしまっているけれど・・・。

 とはいえ、安全で便利で快適で、そして幅や奥行きの少ない無痛文明の中でも、よく人間は驚くようなことをしでかす。悪いこともするけれど、いいこともする。それは卵子が卵胞からはじけるように、ポーンといきなり飛び出してくる。そんなダイナミックなところが、人間にはある。
 戦争を起こし、搾取し、ねたみ、領土を広げ、繁殖し、テクノロジーに酔いしれる。地球上で自分たちが一番偉いと思っている。この点に関しては、頭がいいとはいえない。アホなところもたくさんある。だからこそ自由でもある。
 ある人は「人間とは悪いことをしでかす生き物ものだ」と言い、ある人は「人間は基本的に悪い人はいない」と言う。たぶん、どちらも正しくて、結局同じことを言っているのだろう。

今どきのお産事情
おなかの子を愛せない

 母親と自分との関係が、からまった糸のようにほぐれずにいる人はあんがい多い。

 Bさんはクラスに初めて来たその日「おなかの子を愛することができない」と参加者の前できっぱりと言った。その発言は私の背中に、冷たい水を流していった。そのときの彼女の姿を今でもはっきり思い出すことができる。ためらいのない口ぶりは、目立ち始めたおなかにはそぐわないちぐはぐな印象を与えていた。
 母親の声はおなかの中の赤ちゃんに聞こえている。もちろん言語として理解しているわけではないけれど、声の調子や態度は信号のように伝わっていく。赤ちゃんはおなかの中で順調に育っていたけれど、その言葉が母と子をまた分離させたのではないかと心配になった。
 Bさんが国立大卒で弁護士事務所に所属しているエリートだということを知ったのは、あとになってからのことだ。彼女もまた自分と母親との関係をおなかの子どもにオーバーラップさせていた。
「小さい頃、母は仕事で忙しくて、かまってもらえなかったという思いがある。なのに彼女は娘の人生のレールを敷いて、私はその上を生きてきた。今も母親を許せていない。妊娠はしたけれどうまく育てていくことができるか不安なんです」
 私は彼女とふたりでフレンチレストランのランチを食べながら話していた。自分の意見を雄弁に語る彼女は、自信に溢れているように見えた。おなかの中の赤ちゃんについても照れながら少しうれしそうに話してくれた。胎児を嫌っているわけではなくて、彼女自身いっしょうけんめいに受け入れようとしているのだった。けれど、話が母親のことになると表情を曇らせる。
「母と同じように自分の子どもを育てようとはもちろん思っていない。その関係を私と子どものあいだにもちこまずに断ち切りたいと思っているんですが・・・」
 母と自分は違うのだから、違う子育てができるはずだと頭では理解していてもなお不安が残ってしまうのは、彼女がそこに血のつながりを見ているからなのだろうか。血の中、DNAの中に記されたぬぐいされない何かを。
 母になるという不安はだれもが抱えている。父親になる不安も同じようにあるけれど、それでも母は自分のおなかの中に子を宿すことによって、子どもをからだで実感することができるから、父親よりは親性は育ちやすい。多くの場合はだ。
 一方この、おなかの中に内包するという母の特殊性(これを母性というのかもしれない)は、ときとしておおいなる勘違いを産むことがある。子どもと自分が同化してしまったような錯覚を起こし愛情を降り注ぎながら、場合によっては愛情のないまま、子どもを自分のもののようにコントロールする力になってしまうこともある。勘違いとエゴをまぜこぜにして、子どもといっしょに飲み込んでしまうのだ。

今どきのお産事情
だれが子どもを育てるか

 子どもをもつということが、女にとってあたりまえでなくなったとき、それを選択することには理由や言い訳や、なんだかんだと理屈が必要になってしまったような気がする。けれど、妊娠や出産は本来、システマティックな社会とは別の世界に存在するものでもあるのだ。
 そんなに悩まなくても、好きなように人生を楽しんだりやりたいことを実現させていく中に子どもがいて、そこらへんにほっぽり出しておけばだれかが面倒を見てくれ、しかも危なくないという社会が、ずっと昔は世界各地どこにでもあったはずなのだ。
 それは農耕や狩猟をやっていたころ、仕事と家事や子育てが分離していない社会だった。

 ミクロネシアの小さな島にいったときのことだ。
 そこは小さな飛行機が二週間に一度やってくるだけの、地図に載っていない島。住民はトップレスに腰巻き姿で、今ものんびりと暮らしている。自家発電の電気はあるけれど、ガスや水道はない。私もこの島で二週間、住民と同じようにトップレスの生活をした。おかげでふだん見なれない、いろいろな年代の女性たちのおっぱいをしげしげと研究することができた。
 その島には子どもがたくさんいて、ビーチでよく遊んでいた。乳飲み子でないかぎり、だいたい子守りは上の子がやっている。六才くらいの子どもでも、赤ちゃんをじょうずに腰に乗せ脇に抱えて、お手のものだ。
 そんな風景の中では、赤ちゃんや子どもたちの母親がだれなのか、見分けることは難しい。さらに、親戚が同じ敷地内にまとまって暮らしているものだから、ファミリーの中には母親の年代に相当する女性たちが、これまたたくさんいる。夕方、女性たちは子どもを連れて海に入り、水浴びをさせるのだけれど、前の日連れていた子どもが次の日には違ったりするから、頭は余計混乱してしまう。
 ひとりの母親がひとりの子どもをベビーカーに乗せてうやうやしく公園にいって、自分の子どもだけをみつめて遊ぶなんてことは、この島では考えられないことだ。子どものほうは何か必要なことや困ったことがあれば、そばにいる大人に聞く。それが自分の母親や父親でなくてもいずれにしろ親戚なのだから、まったくかまわない。
 島では男の役割と女の役割ははっきり分かれている。たとえば、海への猟は女性禁止とか、男性の集会所に女性は立ち入り禁止とか。様々な驚くべきルールがたくさんある。これを男女差別とみるかどうかは別問題として、それでも島は母系社会なのだった。
 男性はいばっているようで、実は全員婿養子なのだ。だから家族の住む家は妻の実家の敷地内で、子どもたちは母親の姉妹や祖母に育てられる。
 女性は畑仕事や機織り、男性は漁や大工仕事。職住接近で、勤務時間に縛られることもない。働きながら子育てができる最高の環境だ。
 島に漂うおっとりした空気と時間。それは子どもと女と男と老人という幅広い家族の構成によって紡ぎ出される、家族の時間だ。


































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